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子どもたちが帰って来れる持続可能なまちづくりをするandほんべつが描く未来(前編)

無いものにばかり目を向けるのではなく、本別だからあるものに着目して、本別らしさを磨いていく。SDGs未来都市構想を掲げ、子供たちが帰って来れる持続可能なまちの未来を見据えて、一般社団法人andほんべつの物語ははじまった。

 

andほんべつは本別町のオールスター!?


-こんにちは。まずは、みなさんのご自身のことを簡単に伺えますか?

小笠原愛さん(以下「小笠原」):本別町出身、短大卒業後、旅行業に務めていましたが、実家をついでほしいと言われ、本別町に帰ってきて20年になります。和牛の育成・繁殖をメインに行っています。

農協の「フレッシュMs.」の十勝代表から全道代表になったことがきっかけで、農業のこと、十勝のことを知るきっかけになりました。農協の理事や子供が小学校にあがるころからPTAの役員をずっとやってきて、教育にも携わってきました。


-小笠原さんは本当に多岐にわたり、地域でご活躍されているのですね。それでは池田さんお願いします。

池田圭吾さん(以下「池田」):本別町出身で小・中・高校と本別で過ごしました。大学は4年間札幌に行き、札幌では昼は学校で学びながら、夜は和食屋で5年修行しました。

本別町に戻ってきたきっかけは、自分で働きだして親のありがたみに気づいたことがきっかけですね。親の年齢もあり、店を存続させるため家業を継承しました。

現在は、源すし、仕出し屋のいけ乃およびホテル和さびなどを経営しています。その他、商工会青年部、商工会理事、および観光協会の理事などを担っています。今回、一般社団法人andほんべつの代表理事もしています。


-池田さんは本当にパワフルな経営者であり、源すしでは毎日町の様々な人が集まり地域の未来が語られています。続いて、内田さんよろしくお願いします。

内田智大さん(以下「内田」):本別町出身で地元本別高校を卒業後、東京に出て4年ほど社会勉強して、本別に戻ってきました。父親の急遽の入院などもあり、有限会社本別砕石工業、有限会社前田自動車工業の社長に36歳で就任することになりました。

その他、商工会理事や十勝骨材共販協同組合理事、北海道砂利工業組合理事ならびに十勝地区トラック協会の理事、そして本別町のSDGs推進協議会の会長も担っています。


-内田さんは、若くして家業を継承され事業を大きくされてきた敏腕経営者ですね。今回は本別町のSDGs未来都市の推進にひと肌脱がれています。それでは、岡崎さんよろしくお願いします。

岡崎慶太さん(以下「岡崎」):本別町出身で高校まで本別町で過ごし、その後江別市でサラリーマンを経験した後に、34歳の時に本別町にUターンしてきました。家業である株式会社岡崎組に携わる傍ら、2017年にタイニーハウス「KOYA.lab」を創業し、2022年より宿泊施設KOYA.lab陵雲荘を開業しました。

その他、NPO法人銀河ほんべつ理事長、商工会副会長および健康長寿まちづくり会議会長などを担っています。

   (写真)Uターンして、家業に関わりながらもスタートアップも手掛けるandほんべつ理事の岡崎さん

 

andほんべつが乗り越えていくべき町の課題


-本別町のオールスターのようなこのメンバーがそろったら何か面白い化学反応が生まれそうですよね。それでは、皆さんに本別町の魅力と課題、そしてこれらの課題をどうやって乗り越えていけそうかを伺ってみたいと思います。

池田:本別の魅力は、やっぱり立地の良さでしょうか。自然などは北海道どこでも同じだとは思っていたけど、本別公園の存在は大きいですよね。

小笠原:十勝は天候が良いですよね。天候が良いと人の生活も良くなるわけだし、性格も朗らかになるような気がします。

内田:人口の割に企業が多いと思いですよね。昔の行政機能が集中して来たことなども関係しているかもしれないですが、以前より第二の帯広と呼ばれていたような時期があって、本当に当時は何でもそろっていた気がします。それが逆に景気が悪くなってくると人口減少の影響をより大きく受けたような気がしています。

小笠原:本別の良さは、若い人も含めていろいろなことをやる人が多いことでしょうか。コロナ前までは本当に若者たちが中心で企画していたイベントがありました。「豆まかナイト」は今では知名度のあるイベントになったけど、だいぶ以前より「夜でかけナイト」という町内のお店が中心になってやっていたイベントが年3回ほど行われていました。
その他、夏は祭りだらけですよね。夏は毎週のようにどこかで祭りがおこなわれているから、お金が飛ぶ飛ぶ(笑)


-それでお金が回っているわけですもんね。一方で、人口減少というのはどこも同じだと思うのですが、近隣の他の町村と比べて何か違うことってありそうでしょうか。

内田:当時一次産業が栄えていて、それに付随した商店や企業が多かったような気がしますよね。運送会社ももともと農業や林業が盛んだったことも影響しています。一次産業(林業)に関連する加工工場などは多かったけど、国の政策に乗っかって栄えてきたため、逆にそれに従って衰退してきたような側面もあるのではないかと思います。

小笠原:それでも農業は無くなっていかないですよね。農作物はなんでも採れます。士幌などと比べると平らな土地はそこまで多くはないですが、それでもこの気候のおかげで豆などはよく育ちます。
町内では人口は減少していますが、可能性があるのは、釧路や北見の人が本別に立ち寄ることが増えたような気がします。ちょうどいいドライブなんだそうです。釧路ではあまり野菜がとれないから、野菜をたくさん買い込んで帰る方が多いですよね。

岡崎:だからこそ、道の駅などは可能性があるよね。


-そうなんですね。では、ちょうどご近所にドライブで出かける、そして買い物するみたいなご近所旅のようなニーズはあるんですね。逆に課題のようなものはどうでしょうか?

小笠原:なんでも受け入れるような町民性である反面、突飛なことをやろうとすると出る杭打たれるじゃないけど、否定から入ることが多い気がします。もちろん、全員というわけではないですけどね。


-それはどこの地域でもそのような側面はありますが、そんな中でも、本別ではいろいろなことをやろうとして始めてきた人が多く居ると思うんですよね。そのような取り組みはどのように始まってきたのでしょうか?

小笠原:否定されることもある一方で、何かをやりたい想いに同調してくれる仲間もいる。夫がはじめたことなのですが、「肉祭り」というものを始めるときにはみんなからやめておけと言われてきた。それでも、自分たちの想いややりたい意味を丁寧に伝えていくことで、はじめは農業の仲間が中心でしたけど、結果としては役場の若い人も含めてみんなが総出で手伝ってくれたんです。「こんなことできる町なんだ」ってその時は思いましたね。


-なるほど、そうするともしかすると火が付くと大きなエネルギーが動き出すような、秘めたる熱量が高い人たちが多いのかもしれませんね。

  (写真)家業である農業だけでなく、農協やPTAなど公職でも活躍する小笠原さん

 

人口減少のとらえ方を変えることが大切


-人口減少というもののとらえ方について伺ってみたいと思うのですが、本別町の方々は人口減少をどのように捉えている感じなのですか?

池田:商工会の中でアンケートなどをとったときには、意外と人口減少は“しょうがない”ものだと思っていて、それを受け入れているような感じもありますよね。その上でどうするのか、みたいな。

小笠原:子供たちを対象としたアンケートでは、8割以上の子どもたちは本別にこれからも住み続けたいと考えているんですよね。さらに、一度進学などをした後にでも戻ってきたいと考えている子どもたちも多いそうですよ。


-それはすごいですね。僕は埼玉の郊外に住んでいましたけど、子供のころは地元から出ていきたくてしょうがなかったですからね(笑)

小笠原:何もないと大人たちは思っているけれど、子供たちはこの町に何か魅力を感じているからそう思っているのではないでしょうか。アンケートの結果は、ずっと以前から変わらないそうですが、現実は8割の子どもたちが町内に残っているわけではないんですよね。


-町内に残れない理由は仕事でしょうか?

小笠原:そうですよね。残れない理由は仕事がないと思っていることですよね。仕事がないと暮らすことはできないですから。一方で、最近みられることとして本別で働いていたとしても交通の利便性が良いことが逆に作用して、町外から本別に働きに来るこ人が増えている感じがします。
町外でわざわざ暮らす理由は、生活の利便性などもあるとは思いますが、子育て世代などにとっては、教育面などの選択肢が少ないと感じているようですね。


-なるほど。東京などからわざわざ過疎地に子供の教育環境を求めて移住する人もいるくらいなので、決して都市部が教育的に恵まれているということではないと思いますけどね。

内田:あとは子育てなどをしていると交通面は大きなネックですね。親が送り迎えしなければ子供たちは遊びにも習いごとにも行くのが難しい場合がおおいですね。それに、そもそも子供たちが遊びに行く場所などが無くなっていっているんですよ。

病院もわざわざ町外の医療機関を受診するような人も多くいる。以前と比べて生活がしづらくなってしまったのではないかと。それでも、これって本別だけの課題なのかどうかってことですよね。


-町内の人と町外の人とは感覚が違うのではないかと思いますが、町外から来た人はどのように感じているのでしょうか?

小笠原:違うらしいですよ。我々も一度町を離れて戻ってきた組ですし、ずっと町で暮らして町内で就業する方だったり、転勤族で町にやってくる人たちも、受け止め方は違うみたいですよね。


-そうですよね。人口減少に起因する課題って、日本全国多くの地域が直面している課題で、それを解決するというのは簡単なことではない。だからこそ、課題を解決するという方向感よりも、本別町の魅力をどうやって伸ばすかみたいな方が、よっぽど本別町の魅力を伸ばし、本別町に人を惹きつける気がするんですよね。

内田:これだけネット社会になったら、本来同じ情報に触れていて、都市部との格差などはないはずなのだけど、町内にいると情報が遅いような気がするんですよね。もしかすると、情報に触れている人が少なくて情報の活用の仕方が分からないのかもしれない。

ただ、逆に言うと、これらが解決すれば、生活が豊かな、そこそこ刺激のある町になるのではないかとも思います。


-これからは豊かな生活(Well-being)みたいなものが目指されていると言われているので、住んでいる人の幸福度が高いまちを目指すというのもいいかもしれないですね。

池田:住んでいる人が幸せになっていれば、町民が3,000人になろうと、楽しく笑って生活できている状態になれば、それでいいのではって思う。住んでいる人が住みよいまちであることが大切ですよね。だからこそ、andほんべつがそんな町にするための何かができたらいいのではないかという思いですね。

 

(後編へ続く)

 

<一般社団法人andほんべつの4人の略歴>

池田圭吾
本別町出身。小・中・高校と本別で過ごし、大学および修行のため札幌へ。その後、本別町に戻ってて家業の源すしを継承。源すし、仕出し屋のいけ乃およびホテル和さびの経営及び商工会青年部、商工会理事など歴任。一般社団法人andほんべつ代表理事。

小笠原愛
本別町出身、短大卒業後、旅行業勤務を経て約20年前に本別町に帰ってきて和牛の育成・繁殖を手掛ける実家の牧場を継承。JA本別の理事、中学校PTA役員など地域にも多く携わる。一般社団法人andほんべつ理事。

内田智大
本別町出身、本別高校を卒業後、東京に出て4年ほど社会勉強し、本別にUターン。父親の急遽の入院などもあり、有限会社本別砕石工業、有限会社前田自動車工業の社長に36歳で就任。商工会理事や十勝骨材共販協同組合理事等公職も歴任。本別町SDGs推進協議会会長、一般社団法人andほんべつ理事。

岡崎慶太
本別町出身、高校まで本別町で過ごし、その後江別市でサラリーマンを経験した後に、34歳の時に本別町にUターン。家業である株式会社岡崎組に携わる傍ら、2017年にタイニーハウス「KOYA.lab」を創業、2022年より宿泊施設KOYA.lab陵雲荘開業。NPO法人銀河ほんべつ理事長、商工会副会長および健康長寿まちづくり会議会長などを担う。一般社団法人andほんべつ理事。

 

一般社団法人andほんべつについてはこちら

 

インタビュアー
地域包括ケア研究所 藤井 雅巳

抽象的に捉えられがちな「地域包括ケアシステム」を、実践を通して具現化するシンクタンク「地域包括ケア研究所」の代表理事。2017年より本別町に頻繁に足を運び、町の魅力として、「人」にフォーカスするWebメディア「HOTほんべつ」を企画。

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