コミュニティと関わる

吾妻 久美子さん

ほんべつの人が好きで、役にも立ちたい。国保病院看護師・吾妻さんの、地域のつながりを大切にする生き方

人の役に立ちたいと看護師を志した吾妻さんは、高校生の時に父親との死別を経験しました。誰よりも痛みや悲しみを知る吾妻さんが、町のみなさんの健康をあたたかい眼差しで見守っています。

 

 

 

吾妻 久美子(あづま くみこ)

本別生まれ、本別育ち。本別小・中・高卒後、帯広高等看護学院を経て看護師に。十勝地域における中核医療機関の帯広厚生病院で看護師としての基礎スキルをに身に着け、地元ほんべつへUターン。本別町国民健康保険病院にて看護師として勤務。

 

ほんべつの人が好きだから、戻ってくることを決めていた。

 

-帯広の看護学校を終えたあと、厚生病院でバリバリ働いていたのですよね。なぜほんべつに戻ってきたのですか?

 

吾妻さん(以下、吾妻): 厚生病院に就職したのは、地域で看護をするために最初に大きい病院で学ばせていただこうと思ったからで、戻ってきたのは親と町長からの圧力です(笑)。 実家が共栄*で、町長は近所のおじさんなんです。

*共栄町:本別地区にある町内会。市街地からは少し離れているため長閑な農村風景が広がっている地区。

 

-すごいですね。はじめから、いつか戻ってくるというレールを自分で作って、自分で選択したってことですよね

 

吾妻: 小さい時から子ども会や、ボランティア団体の「かめ」、餅つき保存会のみなさんと一緒に活動させて頂いて、色んな人のお世話になったので、いつかはほんべつに帰って来ようと思っていました。ほんべつの人が好きなんですよ。

もともと人の役に立ちたいと思っていて、中学生の時に、どんな仕事が人の役に立てるだろう?と考えて、医療職の保健師か看護師になろうと思いました。高校生の時に職場見学で国保病院に来た時も、すごくアットホームで雰囲気が良いと感じました。小さい町だから、患者さんも誰々の兄弟とか、誰々のおじいちゃんおばあちゃんですとか、どこかでつながっている知り合いのことが多いです。

 

 

急すぎた父の死も地域のつながりで乗り越えた。

 

-ご両親は何をされてる方ですか?

 

吾妻: 両親もおばあちゃんもおじいちゃんもほんべつ生まれです。兄妹は二人いて、姉は知的障害を持っていて、弟は東京でIT関係の仕事をしています。父は元々農家だったのですが、途中から農家だけだと食べていけないと思ったらしく、兼業農家で外に働きに出ていました。最初は市場で働いていて、そのあと建設会社で働いていたのですが、私が高校生の時に仕事中の事故で亡くなりした。

 

ちょうど高校2年生の冬の進路を決める時期だったのですが、父の死がショックすぎて、人の死を看る看護師になるのを辞めようとさえ思いました。でも、高校の先生に色々話しを聞いてもらって、「その経験が絶対に役に立つから。患者さんの家族の気持ちになれるし、家族を亡くす人の気持ちがわかるから。」と背中を押してもらいました。

 

-吾妻さんから見て、ほんべつはこんな所が良いんだ、というのはありますか?

 

吾妻: たまにおせっかいだなって思う事もあるんですけど、何か困った時に近所の人が助けてくれる、となり近所とのつながりに感謝しています。犬の世話をしてくれたり、母親が急に入院して私がすぐに駆けつけることができないときも、近所の人が荷物や必要なことをやってくれました。お父さんが亡くなった時も、急なことで全く何をして良いか分からなかったのですが、町内会の人がほとんど全て手伝ってくれました。それは本当に助かりましたね。

 

-町内会の人に助けてもらってというのは、みなさん同じことを言いますよね。都会だと犬の世話とか絶対にやってくれないですよ、笑。

 

吾妻: 私も帯広に住んでいた時は、となり近所との付き合いはありませんでした。他にも、町ですれちがう時にあいさつをするのが普通ですね。

 

-あいさつは本当にすごいですよね。小学生がすごい元気で、ほんべつは特にそれを感じます。十勝でも、どこでもということではないと思います。

 

吾妻: それは保育所の先生だった田西先生の力かもしれません。もう引退してだいぶご高齢なんですけど、今でも年中「愛の架け橋」交差点に毎朝立っていますから。私が保育所の時にはもういたから、ずっと続けてくださるのが本当にすごいですよね。他にもそういう方が何人もいます。

 

それから、近所の人もおせっかいです。「あの人の家郵便物取って無いけど、大丈夫なの?」とか。笑。

 

-自治会長さんも病院の職員が体調を崩したことを知っていて、午後に帰って来たとか、今日は休みをとっているとか、「大丈夫かな」って心配していますからね。

 

吾妻: 私の車のナンバーとか、家にいるいないまで全部バレバレです、笑。

 

-そういう距離感は、この町ならではだと思いますね。

 

吾妻さんが作った、鯉のぼりのペーパークラフトがナースステーション前に飾られています。

 

 

一期一会を大切に

 

-吾妻さんの趣味や休日の過ごし方を教えてください。

 

吾妻: 今ハマっているのはナノブロックです。あとは病院で季節感を出したり、患者さんやご家族がナースステーションに声をかけやすいように、来てからずっとペーパークラフトを作って貼っています。

 

-仕事や生活で大切にしている価値観はありますか。

 

吾妻: 人との出会いは”一期一会”だと思って大切にしています。今までも色んな人と出会うことで学んできたし、出会いがないと何も生まれませんからね。それが自分の成長につながったり、自分の価値感に影響を受けたり、視野が広がりますよね。色んな人と話すことが昔からすごく好きです。

 

あとは、家族を大事にしようと思っています。お父さんを亡くした時に、人っていつ死ぬか分からないってその時に初めて実感しました。当時はおじいちゃん、おばあちゃんも元気だったので、けっこう衝撃的な出来事でした。

 

-あらためて今の自分を振り返って、何を感じていますか?

 

吾妻: 「行動することで、可能性は広げられる」と言うことですかね。きっかけを待っていたり、きっかけがあるのになかなか行動出来ない人も意外とたくさんいるのかもしれません。自分もそうだったんですけど、こっちに帰って来ると言いながら、なかなか帰って来れなかった。それが犬の病気がきっかけになって、思い切って行動しました。間違いなく、この町に帰ってきたことは、自分の中で人生のターニングポイントになりました。

 

ほんべつに戻ってきてからは、自分のしたいように自由に過ごしています。実家にも敢えて住んでいないし、仕事もして、プライベートでは町の人とたくさん交流して、それがすごく楽しいです。町には頑張っている人が実はいっぱいいる。色々な想いを持ってイベントを企画していることもわかったので、私にできることはそれに出ることだなと。

そんな毎日は、間違いなく充実していて、地域に少しだけですが関わっている実感があります。

 

-企画した人にとっては、一人でもそんな気持ちを汲んでくれて参加してくれることが嬉しいですよね。

 

吾妻: そこからまたつながりが出来て、町の人の病院に対するイメージが変わったらいいなと思います。病院って病気の人が来るところで、元気な人にとっては来ずらいし、病院のイメージも分からない。誰もが体調が悪くなって病院にかかる可能性は必ずあるから、その時に気軽に「何かあったら病院に行こう」って、私の小さな動きを通じて、町がつながっていったらいいなって思います。

 

 

インタビュアー
地域包括ケア研究所 藤井 雅巳

抽象的に捉えられがちな「地域包括ケアシステム」を、実践を通して具現化するシンクタンク「地域包括ケア研究所」の代表理事。2017年より本別町に頻繁に足を運び、町の魅力として、「人」にフォーカスするWebメディア「HOTほんべつ」を企画。

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