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やまぐち醗酵食品 山口謙一さん

納豆と共に歩んだ人生。日本一の豆の町でこだわりの手作り納豆を作りつづける、やまぐち醗酵食品 山口 謙一さん。

創業60年のやまぐち醗酵食品の2代目山口謙一さんは、こだわりの納豆を何十年と作っていても、「美味しいのができた!」と感動する出来になるのは年に数回だといいます。納豆作りを始めてから30年、「これは俺にはできん」と先代に認められた、至極の納豆作りとは。納豆がつなぐ、父と息子の物語。

山口 謙一(やまぐち けんいち)

上士幌生まれ、本別育ち。高校卒業後、父親が経営していた有限会社やまぐち醗酵食品に入社。物ごころがついた時から納豆づくりを手伝い続け、47歳で父から経営を引継ぐ。十勝・ほんべつの豆を使ったこだわり納豆づくりを続け、食文化の維持にも貢献する。有限会社やまぐち醗酵食品代表取締役。

 

こだわっているのは原料と作り方。

 

-今日はお会いするのを本当に楽しみにしていました。HPも拝見しましたが、本当にこだわった納豆づくりをされていますよね。

山口さん(以下、山口): 全国に納豆屋はたくさんあると思いますが、わたしが一番こだわっていることは原料と作り方です。

普通はできた納豆を機械でパックに入れますが、我々は木のしゃもじで全部手で詰めています。機械詰めと手詰めの違いは、例えばスーパーでよく見る納豆は、ぎゅっと団子状になっていて、豆と豆の隙間があまりないから酸素が入りません。うちの納豆は、豆と豆の隙間があいているので、豆に納豆菌をふくときにまんべんなくまぶすことができます。そうすると、発酵の状態が全く違うんですね。そこに一番こだわっています。

今はそれを6人でやっていて、一日に生産できる量は3500と限られています。生産体制を増やせばいいのでしょうが、目が届かなくなってしまうので。この限られた納豆をどのように売るか、スーパーからも沢山問い合わせが来ますが応えきれていません。

原料は、十勝の豆とほんべつの黒豆にこだわっています。今は豆も品種改良が進んできて、機械で収穫できるものが栽培されていますが、我々が求めている豆は、背が低くて手で収穫しなければならないようなもの。生産量も限られるうえに中国が買い占めてしまうので、品質が良い原料の確保も難しくなってきています。それが生産を広げられない理由でもあります。

-生産から考えていかないと、食文化を維持するのはなかなか難しいですね。ところで、なぜ十勝や本別の豆は美味しいと言われるのでしょうか。

山口: 十勝地方には寒暖の差があります。中でもほんべつは、日本一の寒暖の差と日照時間が一番長い。だから豆が一番おいしくなるんだそうです。

こだわりの「手詰め」製法(写真提供HP)

 

 

突然継ぐことになった2代目。試行錯誤の末にたどり着いた製造法

 

山口: 私は47歳の時に二代目を引き継いでいます。初代は先を見る人で、「年寄がいつまでがんばっても駄目だからお前に任せる」ということになりました。代替わりをして、長年のリピーターは、味が変わったことが分かったようでした。すべての製造工程はわかっているのですが、肝心なところは親父が担っていましたから。

先代と同じか、それ以上においしくするにはどうしたらいいかを考えていたときに、サンゴカルシウムに出会い、契約農家にサンゴカルシウムを試しにまいてもらいました。その豆で納豆を作ったときに、豆の発酵が違うのではないかと何となく感じました。

それを科学的に実証したいと思って、畜産大学に協力してもらって調査をしました。その結果、納豆菌が4割増えていることがわかりました。4割増えているということは、その分長持ちするということ。本来7日の賞味期限のところ、14日の長めの賞味期限でもよいということになりました。ちょうど宅配が増えてきた頃だったので、タイミングが合って貢献してくれました。

 

-ところで、山口さんは本別生まれ本別育ちなのですか。

山口: 私は、上士幌の出身で、親父はもともと馬具の職人から靴職人をしていました。その時に納豆作りをしている職人にたまたま出会って、弟子入りして納豆屋をやることになったようです。

汽車で釧路に向かう途中、本別が豆で有名だったことを思い出してそのまま途中下車をしたそうです(笑)。今の場所の隣がもともとみそ工場の跡地だったらしく、家の裏で井戸水も取れたので、ちょうどここがいい、ということになって。

-高校卒業後はどこか町外に出られたのでしょうか?

山口: 行ってません。そのままこの会社に入りました。小学校の頃から、学校に行く前に桶から納豆を詰めたり、配達先を何軒か回るとか、納豆屋が日常だったんです。だから、他のことを考えるという余地はありませんでした。

-町を60年間くらい見ていて、ほんべつの町の変化はどうですか?

山口: ほんべつだけではないですが、地方はどこも人口減少で厳しい状況になってきていますよね。でも、最近はインターネットのおかげで、地元だけを相手にしてきたものが、どんどん外に出ていくことができます。

価値観の差ってすごいですね。ほんべつより帯広、帯広より札幌、札幌より東京。うちの黒豆納豆は70gで200円なのですが、東京で100個とか200個注文される方がいらっしゃいます。僕なんかはつい、「ちょっと待てよ。これって、一体いくらいになるのか!」って計算してしまうけど、そのような方はあまり金額のことは言わないんですよね。いいものに対しては、しっかりと価値をつけようという価値観なんですよね。

-東京では、どのような場所で購入することができるのでしょうか?

山口: 今も近隣のスーパーには卸していますが、それはごく一部で、ネット通販と宅配で販売しています。東京では「地球人倶楽部」という、いいものを集めた宅配の業者で買うことができます。うちの納豆のこだわりと、おいしさを分かってくれて、「値段のことは言わん。おいしければ、いい」と。

小学校二年生から納豆作りにかかわっていて、今でもまだわからないことがあります。納豆づくりは本当に奥が深い。

今も毎日納豆の出来を見るのですが、本当に納得いく納豆の出来になるのは、年間4回くらい。その時は、ちょっと多めに取って冷凍しておいて、後からこっそり食べて「うまいなぁ」って味わっている(笑)。

初代がよく言っていたんです。

「納豆は、糸を立てたときにつぶつぶになるのではなく、絹の糸のようにすうっとなっていとだめだ。そして、七色に輝いてなければだめなんだよ。」

はじめはその言葉の意味がよくわからなかったけど、「よくできた納豆」というのは、「なるほど!」、先代のよく言っていた通りだなぁって思います。

初代は長生きして94歳まで生きたのですが、自分が納豆屋になって30数年くらいたった57歳の時に「いや、お前には負けた。これは俺にはできん。」と、ぽつりと言ったんです。その時は俺も一人前になったんだなあと最高にうれしかったです。

 

インタビュアー
地域包括ケア研究所 藤井 雅巳

抽象的に捉えられがちな「地域包括ケアシステム」を、実践を通して具現化するシンクタンク「地域包括ケア研究所」の代表理事。2017年より本別町に頻繁に足を運び、町の魅力として、「人」にフォーカスするWebメディア「HOTほんべつ」を企画。

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