プライベートとともに生きる

農家 荒井陽介さん

外科医から農家へ。荒井陽介さんが北海道に移住し、新たな道を歩み始めたストーリー

鳥取県で外科医をしていた荒井陽介さん。「やりたかった」という大規模農業をするために、十勝・ほんべつ(本別)町へやってきました。北海道との縁も農業の経験もなかった荒井さんが移住することができた裏側には、役場の職員や地域の方々とのつながりがありました。

 

荒井 陽介(あらい ようすけ)

1978年生まれ、岡山県出身。鳥取大学医学部卒業後、研修医を経て鳥取県内の大学病院で消化器外科医として活躍。医師として活躍する一方で、太陽の光も感じず、家族との時間もとることが難しい生活に疑問を感じ、それまであこがれていた大規模農業を始めるため、十勝・ほんべつ町へ移住。

荒井さんが、移住を決めるまで

 

-どういうきっかけで農業をしたいと思ったのですか?

荒井さん(以下、荒井): 元々北海道で畑作農業をやってみたいと思っていて、十勝で新規就農ができるかを問い合わせたり、新規就農したい人のマッチングイベントに足を運んでいました。

農業をやりたいと言っても、「畑作」が何を意味するのかも知らない全くの素人だったけど、時々テレビで見るような、向こうが見えないぐらいの広い畑での農業をイメージしていました。

でも、十勝で畑作での新規就農って、非常に難しいみたいなんですよ。農業人口が減っていると言っても、十勝は大規模農家が多いので。

-十勝はそうみたいですね。

荒井: 例えばちょっとトマトやってみないかとか、ビニールハウスで野菜の栽培などを勧められることはあったんですけど、本当の畑作となるとまず空いている土地はないし、よその地域のように人が抜けて耕作放棄みたいなのもない。もしあっても、近隣の人が引き取ってしまいます。さらに、初期投資の金額が高いとか、トラクターなどの大型機械に馴染めないとやっていけないとか、どこのブースに行ってもいろいろな理由で無理だと言われていました。

でも、ほんべつ町のブースに行った時だけ、やれるかもしれないと言ってくれて、それがきっかけです。担当者と連絡先を交換して、その後の2~3年は年に数回役場の方と連絡を取りあって情報を待っていました。そして、第三者継承の話があって、その話を進めることになりました。話が決まってからは割ととんとんと進みました。

当時、鳥取県に住んでいたのですが、2月ぐらいに役場の方が鳥取まで来てくれて、こういう話があるよ、この地域にこういう土地があるんだけど、もし興味があるなら実際に見に来ないかという話になり、その年の夏休みに家族連れて来させていただいて、農家の方に会ったり、地域の様子を見させて頂いて。それで、次の春に家族で引っ越しました。

-移住する、就農することに関して、ご家族、とくに奥様はどういう反応を?

荒井: どうなんでしょ、よく分からない(笑)。最初は本当の事を言ってるの?、という感じだったけど、こっちに下見に来たあたりから、腹をくくったんじゃないですか。分からないけど。

 

-大学病院の消化器外科で結構バリバリされていたんですよね?全く違う分野ですが、何があったのですか。

荒井: よく聞かれるんですけど、本当にもっともらしい理由ってないんですよ。金銭的な損得とか、よく言われたのが家族との時間がとかですが、そういうわけではなく、ただやってみたかった。

医師の仕事は14年やっていましたが、とてもやりがいのある仕事でした。でも、季節感はないし、朝日が昇る前に出て行って、日付が変わるくらいに家に帰る。あんまり日の光を浴びないし、家族の顔も見ない日が多い。そういう意味では逆の事に憧れていたというのはあったのかもしれません。

去年40歳になって、人生的に真ん中だし、これまで医師としてやってきてこのまま続けてもいいけど、他の事もやってみたいなというのもありました。

 

-やり直そうかなって思っても、やり直せる年代ですよね。

荒井: 50、60歳から新しい事を始めてものになるかというと難しいかなと、やるなら40歳ぐらいかなと。タイミングもちょうどよくて、子どもも4歳と2歳で、小学校上がったらさすがに可哀想だし、色んなことのタイミングが良すぎて考え直すタイミングを逃しました。誰かが感銘を受ける様な話じゃないですが...(笑)

あくまで率直に。移住への流れを自然体で話してくれました。

 

移住してみた、十勝平野 ほんべつ町の暮らし

 

-地縁とか全く無かったんですよね?

荒井: 元々岡山県出身で、20年岡山に住んで、20年鳥取に住んで。奥さんは鳥取の出身なので、北海道には旅行で初めて来たぐらいでした。

-実際にほんべつに来て、前後の印象で変わったことはありますか。

荒井: 前の印象がそんなにないのですが、スーパーが少ない、ちょっとした事をするにも帯広まで行かないといけない、と皆が言っててたしかにそうだなと思うけど、じゃあそれがそんなに住みにくいことかというと、そうでもない。

-アマゾンで何でも買えますしね。

荒井: 飲み屋に行けないぐらい。街の中心地に店はあるけど、タクシーもあまりないし、行ったら帰れない。それが不満という程でもないし、すぐに慣れました。

-寒さはどうでしたか?

荒井: 寒かったですけど、家の中は温かいですよね。家からゴミ捨て場まで歩いて行くのが一番寒い。冬に歩くのは、ゴミ捨て場までと、家から車までとか車から建物の間です。むしろ、都会の方が寒いみたいな。

ただ、色んな物が凍るのはちょっと油断出来ないなみたいなところはありますね。

-僕も北海道に冬に行くと言うと、すごい所に行くね、って言われます。

荒井: すぐに溶けるけど鳥取の方が雪が多いかな。住んでいて困るとか、嫌だなとか、帰りたいと思う事はないです。

-町の方や地域との付き合いはいかがですか?

荒井: まだ正式な自治会員ではないですが、西仙美里の自治会の行事には参加させてもらっています。

今は研修という形で、これから入る農家さん以外の方のところにも行ってますけど、どこに行っても良くしてくれるので孤立を感じることはないです。

-よそ者だからというのはありますか?

荒井: 僕のような新規就農者を良く思っていない人もいるでしょうけど、今のところそんな経験はないです。回りの人が良くしてくれるんで、手伝ってくれるし、助けてくれるし、こんなにしてもらって、って思うことばっかりです。

-お子さんは保育園ですか。

荒井: 認定こども園に行っています。奥さんも僕と同じように農家の仕事をしたり、時々友達と遊びに行ったり。今のところは、自分で経営というわけではないので、少し余裕があって、自由はききます。

 

北海道の農家の暮らしと、これからの荒井さんの挑戦

 

-荒井さんはいつ頃を目処に、継承して親方になるのですか?

荒井: 来年の4月です。今営農されている方がこの秋に引っ越しされるので、そのあと家の中を少しリフォームしてから入居する予定です。今は新規就農者に手厚い時代で、補助金、給付金なども利用させてもらっています。それらの給付を来年3月まで受け、4月から独立経営になります。

-農業は個人事業ですか?

荒井: 個人事業です。今は、町からと北海道の農業公社からの給付金、後は貯金を切り崩しています。来年の秋に初めて収入になる予定です。栽培がうまくできないと大変な事になるんですが。小麦と小豆とビート、あとはデントコーンを作る予定です。

-農場はどの辺りにありますか?

荒井: 農大の近くです。少し小高いところなので見晴らしが良く、羨ましがられます(笑)

-冬場は農家の方は何をされているんですか?

荒井: 色々みたいですけど、本当に何もしない人や、旅行に行く人、書類仕事をする人もいるようです。冬場には講習会が結構あります。今年は座学で過ごしましたけど、そのうちどうするんでしょ(笑)

-いよいよ来年なんですね。楽しみですね!将来的にはどんなイメージですか?

荒井: 将来的には経営規模を拡大したい気持ちもありますけど、どんどん拡大するというよりは、きちんとした仕事をしたい。「面積が増えて手が回らないから、あの仕事はしなくていいや」ではなくて、きちっとやれる規模で出来る範囲がどこまでなのか。どうせやるなら、いい加減じゃなくて、きちっとやりたいです。

男の子がいるのですけど、まだ2歳なんですが。もしも継いでくれたらなと...。

-そういう思いはあるものなのですか?

荒井: 自分も40から始めて、何歳まで出来るか分からないですが、それで跡継ぎがいないのは寂しいかなと。でもそれは勝手な話だから、自分が楽しくやってれば、継ぎたいと思ってくれるだろうし、もしそうなった時に、自分じゃなくても自分の子供でもやれるように、きちっとしておきたいというのもあります。自分でてんてこ舞いで何が何やら分からんけど、あとよろしく、というのではなくて、きちっと何をどうやってやったらどうなるのか、その上でやってもらったら、楽しいかなと。

-後継者がいない農家さんはいらっしゃるみたいですよね。

荒井: 結構いるみたいですね。でも、後継者の若い人も結構いて、僕と同年代の人も多いです。農業は食べ物を作る仕事なのでなくなることはないと思うので、仕事としては良い仕事だと思います。

-やりたいと思った事をやる、やりきる行動力が凄いなと思います。

荒井: 誰かどっかで止めてくれるかと思ってたんですけど(笑)

今やった事は、まだ引っ越してきただけなので誰でも出来ますよ。ちゃんと経営が出来て、ある程度地域にも貢献出来てはじめて出来たといえるので、これからだと思います。

 

インタビュアー
地域包括ケア研究所 藤井 雅巳

抽象的に捉えられがちな「地域包括ケアシステム」を、実践を通して具現化するシンクタンク「地域包括ケア研究所」の代表理事。2017年より本別町に頻繁に足を運び、町の魅力として、「人」にフォーカスするWebメディア「HOTほんべつ」を企画。

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